「もうそろそろ夏はいりますね」
「そうだな」
「あ、新入生だ。名札つけてるからすぐわかりますよね。初々しー」
「ああ」
「…そうだ。先生知ってます? 今年またふりっふりしたワンピース流行るみたいなんですよ。どう思います?」
「どうも思わん」
「そういえば、昨日やってた特番観ました? あれ最後はちょっと頂けないですよね、どうしてあれだけいがみ合ってた嫁姑が、最後手を取り合って駄目夫の教育に励むのか…」
「……おい、」
「はい?」
「お前、どうしてこういう状況になっているのか、まだわからんのか」
「……これで五回目でしたっけ」
「六回だ阿呆!」
ばあん!と空気を震わせ机に叩きつけられたのは、硬い表紙に覆われた名簿。
眉間に皺を寄せてため息をつくその人は、今年度のあたしのクラスの担任だったりする。
そしてその手元には――小さなプリントが一枚。
あたしはあははと誤魔化し笑いを浮かべた。
「お仕事増やしてすみません」
「そう思っているなら毎度毎度何故勉強しない」
「向いてないんです」
そう告げると、先生は「貴様それで良く入試通ったな」とこめかみを押さえて呻くように呟いた。
「ココに入る時、もう人生分勉強し尽くしましたよー、あたし」
「…何のためにこの学校に来たんだお前は」
そんなこと言われたって、新学期早々、小テスト三昧だなんて誰も思いませんよ先生!
あたしはむうと口をへの字に曲げたまま、鞄をがさごそと漁り、小さな袋を机の上に出した。
正面に座る先生が訝しげな視線をよこす。
「…なんだソレは」
「え? ああ、これはあたしの、大事な大事な補習のお供です」
「学校に菓子持参は禁止だ」
「ちょっとぐらい大目に見て下さいよ! それに前、勉強教えてくれた時はいつも一緒に食べてたじゃないですか!」
「前って、それは俺がここに就任する前の話だろうが…今は教師と生徒だ。公私混同は論外」
「…何でこの学校にしたんですか。あたしビックリしましたよ、新学期早々」
「家から近かったからだ」
「うわあ…まさかご近所さんが担任になるとは流石に思いませんでした」
「フン。ともかくこの菓子は没収だな」
「えー、ちょ、蓮、」
「阿呆。だからここでは俺は、お前の担任だと言っただろうが。担任を呼び捨てにするな」
「ああー!」
結局お菓子は取り上げられてしまった。
そりゃ、学校にお菓子禁止ぐらいは知ってたけどさ…
「…先生だって公私混同してるじゃないですか」
「何がだ」
「さっきあたしのこと、って下の名前で呼んでましたよ」
「…っ!」
ぐっと詰まる気配。
がしかし、此方がにやりとほくそ笑んだが束の間、先生は「っまだ慣れぬだけだ! …これから気をつける」と言い放ち、いつものように補習プリントを机の上に広げた。
何枚も。
「…苛めですか」
「何を言うか補習魔が」
「う…数字苦手なんですってばー」
「それでも勉強するのが学生の務めだろう」
「うー…」
恨めしげに先生を見るが、もちろん向こうは何処吹く風のようで、しれっと流されてしまう。
…だめだ。これ以上誤魔化せない。
そう悟ると、流石にあたしも観念して、しぶしぶ目の前のプリントと睨めっこをすることにした。
カリカリ、というシャーペンの音と
ちくたく、という時計の音だけが教室の中で響く。
校庭で運動部が活動しているのか、掛け声が微かに窓から流れてくる。
時々あたしの質問する声。そして先生がそれに答えてくれる声。
…と言っても、問題の解答を丸々教えてくれる訳ではない(当たり前か)
でもそれにしたって、先生の教え方は難しいと思うのだけど。
「…できた!」
そうしてやっとペンを置いた頃には、外はもう薄っすらと暗くなってきていた。
「やっと終わったか」
「…むー」
「此処はこの間授業で、俺がきっちり説明した筈なんだが」
「大衆向けの説明じゃあたしには無理です」
「威張るな」
「いたっ」
ぱこん、と丸めたプリントで殴られる。
そう言えば蓮…先生がまだ先生として就任する前、家が近いからよく勉強教えて貰ってたりしたけど…
その時もこうやって懲りもせず殴られてたな。
「…ほら」
「あれ、返してくれるんですか?」
「一回目はな。次はないぞ」
「はーい…」
そう放り投げられて返却されるお菓子の袋。
手でキャッチすると、がさりと大きな音を立てた。
「早く帰れ。もう結構暗い」
「送ってくれないんですか?」
「馬鹿言え。まだ仕事がある」
「ちぇ」
「ねーせんせ」
「何だ」
「また勉強、教えて下さいね」
「補習は抜けろ」
「えー」
(だってだって、もう先生と生徒、という関係になってしまったから)
(今までみたいに気軽に家で教えてくれたりなんて、出来ないんでしょう?)
どうして何回も何回も注意されたってノートではたかれたって、あたしが赤点取るか、知ってる?
「全く…良く懲りないな、お前も」
「えへへ」
それは貴方がすきだからです!だなんて口が裂けても言えないや。
空間を共にする二人
(あ、せんせー。お礼に、新発売の桃まん味ポッキー、いります?)(……貰う)